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2026-08-20 13:28:32 UTC
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早川タダノリ on Nostr: ...

 このやりとり、当時の婦人雑誌への評価を問われているのだが、(1)まず「「家族を飢えさせてはいけない」という強い使命感が主婦にはあったはずです」と読者である「主婦」を語り、(2)そこから「「飢えさせまい」と奮闘した雑誌や個人」へと対象を広げ、(3)「「戦争協力」だと責めても、じゃあ飢え死にしたほうがよかった?って話ですよね」とまとめる。
問いと答えがどうもちぐはぐなのだ。
 飛躍しているのは(2)の部分で、いやちょっとまてよ、個人は知らんけれど雑誌は「飢えさせまい」と奮闘したのかホントに?という疑問がわきあがってくる。「食べられる野草」を筆頭に「銃後の工夫」関連のおびただしい記事は、そもそもそれは当局の銃後統治政策の方向性に規定されたものであって、「「飢えさせまい」と奮闘」を個々の雑誌の努力であるかのように描き出すのはどうなんだろう。
 (2)に飛躍があるから、(3)のように「「戦争協力」だと責めても、じゃあ飢え死にしたほうがよかった?って話ですよね」とわけがわからない「じゃあ」以降の意味がわからない対置が出てくる。