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2026-04-25 11:53:31 UTC

烏頭のおやま(の) on Nostr: ...

しかし、義母にまつわるあれこれで、本当に憲法は大事だと思った。

もしも憲法が個人を一つの単位として見ておらず、個人の幸福が権利でなかったら、生活保護で暮らしてもらうことも、ゴミ屋敷の片付けもできない。もしも子が親の付属物なら、夫はあのまま義母と義父の付属物のように働いて、残った借金を夫が背負い、ゴミ屋敷を片付け、それを自分の人生として生きただろう。(まだ全て終わったわけではないので、どこでひょっこり痛い目をみるかわからないけど…)

出会った頃の夫には、ミソジニーを拗らせた感じの女性性への復讐心があった。男性的な力への憧れがあった。
傍目の必要を超えて奪うこと、または傍目の必要を超えて守ろうとすることの裏には、すでに奪われているという、その人の強い動機が隠れていると思う。
そういう意味では義母もそうなのだろうし、逃げた義父がめちゃくちゃサイテーなのだが、そういう背景もあるのだろう。ずっと繋がっている。

親と子は接続したままでいてはいけない。夫と妻は運命共同体ではいけない。ニンゲンは集団で暮らす生き物なので、放っておくと繋がってしまう。だから、せめてルールでは切離しておかないといけない。
憲法の個人主義には、人類の知恵が詰まっていると思っているよ。