もちろん市民が殺し殺され奪い奪われ犯し犯されというところに引き摺り出されるのだから戦争や侵略はダメ。
この引き摺り出される市民にはどちらの市民も含まれる。
そこに引き摺り出した者、最大の責任を負うべき者はほかにいる。
その意味ではどちらの市民も被害者になる。
現に市民の満州からの引き揚げには多大な犠牲も悲劇も惨劇も伴ったし帰れなかった帰らなかった者もいる。これは間違いなく被害。
ただし、なぜそこにいるのかというところを見なければいけない。もう二度とというのであれば。そこを見なければまた繰り返す事になる。
そして、なぜそこにいるのかというところを見れば、俺達は苦労したという側面だけを語っていて良いのかは自ずと分かるはず。